本所七不思議 [民俗・宗教]
暗い雨の音が、傘をたたいて、本所七不思議の狸でも化けて出そうな夕暮れであった。
(岡本綺堂『両国の秋』)
湯本豪一『図説 江戸東京怪異百物語』に、本所七不思議が歌川国輝の絵と共に紹介されていたので、メモがわりにまとめておく。
【置行堀(おいてけぼり)】

歌川国輝『本所七不思議之内 置行堀』 クリックで拡大
(岡本綺堂『両国の秋』)
湯本豪一『図説 江戸東京怪異百物語』に、本所七不思議が歌川国輝の絵と共に紹介されていたので、メモがわりにまとめておく。
【置行堀(おいてけぼり)】

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焼鮒(やきフナ) 越後七不思議 [民俗・宗教]
建暦元(1211)年11月17日、法然は勅免され、弟子の親鸞も同日付で赦免された。そのころ、親鸞は鳥屋野で草庵を結んで、布教していたと言われている。国府に旅立つ事になったので、親鸞を慕う人々が集まり、山王神社の境内で、別れの宴が開かれることになった。この時の出来事が、越後七不思議のひとつ「焼鮒」として伝わっている。

見真大師 焼鮒御旧跡
村人は、親鸞のために心づくしのご馳走を持ち寄った。その中に、焼鮒があったという。親鸞は、近くにあった榎の木に袈裟をかけると、焼鮒を池に放した。「我が真宗の御法、仏意にかない、念仏往生間違いなくんば此の鮒、必ず生るべし」と言って念仏を唱えると、不思議なことに、焼鮒が泳ぎだしたという。以後、この池は、「御洗水(みたらし)池」と呼ばれるようになり、この池で泳ぐ鮒には、焼いた跡のような黒い色が残っていたと伝えられている。残念ながら、御洗手池は、明治時代に行われた、信濃川の嵩上げ工事で埋められてしまい、現在では残っていない。また、山王神社も神社合祀のため残っていない。

見真大師 焼鮒御旧跡
村人は、親鸞のために心づくしのご馳走を持ち寄った。その中に、焼鮒があったという。親鸞は、近くにあった榎の木に袈裟をかけると、焼鮒を池に放した。「我が真宗の御法、仏意にかない、念仏往生間違いなくんば此の鮒、必ず生るべし」と言って念仏を唱えると、不思議なことに、焼鮒が泳ぎだしたという。以後、この池は、「御洗水(みたらし)池」と呼ばれるようになり、この池で泳ぐ鮒には、焼いた跡のような黒い色が残っていたと伝えられている。残念ながら、御洗手池は、明治時代に行われた、信濃川の嵩上げ工事で埋められてしまい、現在では残っていない。また、山王神社も神社合祀のため残っていない。
繋ぎ榧(つなぎがや) 越後七不思議 [民俗・宗教]
建永2年(1207)、35歳の親鸞は、越後に流罪となる。その後、4年余りをこの地で過ごすことになったため、越後には親鸞にまつわる伝説が多く存在する。なかでも有名なのが、逆さ竹、 焼鮒、八房の梅、珠数掛桜、三度栗、繋ぎ榧、片葉の芦の越後七不思議であろう。

親鸞聖人像 了玄寺
七不思議の1つ、「繋ぎ榧(つなぎがや)」は、南蒲原郡田上町湯田上 の了玄寺にある。境内の看板によると、樹齢700年余りと言われるこの榧の木は、天然記念物に指定されている。地をはうように四方に広がった幹は、広さ130㎡、高さ5mに達しているという。

親鸞聖人像 了玄寺
七不思議の1つ、「繋ぎ榧(つなぎがや)」は、南蒲原郡田上町湯田上 の了玄寺にある。境内の看板によると、樹齢700年余りと言われるこの榧の木は、天然記念物に指定されている。地をはうように四方に広がった幹は、広さ130㎡、高さ5mに達しているという。
『親鸞聖人御絵伝』第一の巻 [民俗・宗教]
「シナイ写本」がネットで公開される [民俗・宗教]
AFPBB Newsによると、現存する最古のギリシャ語聖書と言われている「シナイ写本」の画像が、ネット上で公開された。これは大英図書館、ロシア国立図書館、ドイツのライプチヒ大学、エジプトの聖カタリナ修道院による共同プロジェクトで、四カ国に分散する「シナイ写本」を約800ページのデジタル写真集にまとめたものであるという。
【Codex Sinaiticus】

人類の共通の財産をこのように誰もが使える形で公開したことは、有意義な事だと思う。ロイターの動画でもこのニュースを取り上げていたので、貼っておく。
【Codex Sinaiticus】
人類の共通の財産をこのように誰もが使える形で公開したことは、有意義な事だと思う。ロイターの動画でもこのニュースを取り上げていたので、貼っておく。
竹原春泉『桃山人夜話―絵本百物語』 [民俗・宗教]
竹原春泉の『絵本百物語』が、『桃山人夜話―絵本百物語』と解題され角川ソフィア文庫から刊行されている。この解題の顛末がなかなか面白い。多田克己の解説によると、妖怪研究家の間では、『桃山人夜話』という副題の方が馴染み深いので、解題したという。
しかし、この副題は、正式には存在していない。古書目録には副題は載っておらず。どうやら民俗学者の藤沢衛彦が、『変態伝説史』のなかで『桃山人夜話』という題名で紹介していることから広まったらしい。実在しない題名が流布するとは、如何にも妖怪をあつかった本に相応しい。


狐者異 飛縁魔
本書の構成は、第1章図画編、第2章翻刻編、第3章現代語訳編の3部に分けられている。本来は同一頁に図画編と翻刻編が組み込まれていれば一番良いのだが、文庫本という制約上仕方ない構成だと思う。以下では、気に入った図版を三点ほど、翻刻をつけて紹介しておく。
しかし、この副題は、正式には存在していない。古書目録には副題は載っておらず。どうやら民俗学者の藤沢衛彦が、『変態伝説史』のなかで『桃山人夜話』という題名で紹介していることから広まったらしい。実在しない題名が流布するとは、如何にも妖怪をあつかった本に相応しい。


狐者異 飛縁魔
本書の構成は、第1章図画編、第2章翻刻編、第3章現代語訳編の3部に分けられている。本来は同一頁に図画編と翻刻編が組み込まれていれば一番良いのだが、文庫本という制約上仕方ない構成だと思う。以下では、気に入った図版を三点ほど、翻刻をつけて紹介しておく。
井波・瑞泉寺と聖徳太子ご絵伝-絵解きの世界 [民俗・宗教]
大谷大学博物館において、2008年の10月から11月にかけて、「聖徳太子伝の世界-えがかれた和国の教主-」展が開催された。

この時、開館5周年記念の記念講演として竹部俊恵氏(富山 妙蓮寺・住職)による“井波別院瑞泉寺伝会の絵解き”が行われた。嬉しいことに、YouTubeの大谷大学のチャンネルで、この講演会の模様が公開されている。
YouTubeでは、9分割してUPされている。最初、井波別院瑞泉寺についての簡単な説明があり、その後、絵解きの実演が行われる。パート4から実演部に入り、パート7から本格的な絵解きに入る。この絵解きは、江戸時代の享保年間にはじまったものだという。絵解きを見る機会などめったにないので、このような動画の公開は、とてもありがたい。
「井波・瑞泉寺と聖徳太子ご絵伝-絵解きの世界」1of9

この時、開館5周年記念の記念講演として竹部俊恵氏(富山 妙蓮寺・住職)による“井波別院瑞泉寺伝会の絵解き”が行われた。嬉しいことに、YouTubeの大谷大学のチャンネルで、この講演会の模様が公開されている。
YouTubeでは、9分割してUPされている。最初、井波別院瑞泉寺についての簡単な説明があり、その後、絵解きの実演が行われる。パート4から実演部に入り、パート7から本格的な絵解きに入る。この絵解きは、江戸時代の享保年間にはじまったものだという。絵解きを見る機会などめったにないので、このような動画の公開は、とてもありがたい。
「井波・瑞泉寺と聖徳太子ご絵伝-絵解きの世界」1of9























